2008年7月29日火曜日

ダージリンの状況を。絵つき。



こちらがGNLFのリーダー、スバス・ギシン。


父親が死んだので学業を断念して軍人に。

退役後はもういっぺん学校へ行ったけど、政治活動をやって睨まれて退学。


その後、GNLFゴルカ民族解放戦線を結成して、ダージリンを中心としたネパール系住民の権利獲得に奔走。

当初目標としていた西ベンガル州からの独立はならなかったが、ダージリン・ゴルカヒル評議会DGHCの設置を勝ち取った。
人前ではかならずネパールの帽子「トピTopi」をかぶっている。







こちらはビマル・グルン。
詳しい経歴は把握していませんすいません。
西ベンガルからの独立を放棄したGNLFとスバス・ギシンに反発して、GJMゴルカ人民解放戦線を結成。
7月17日、「おれは地下に潜る」と宣言して行方をくらませたが、25日GNLFとの衝突で一人が死亡したことについて、27日「ゴルカランドを勝ち取る日まで戦いつづける」と声明を発表した

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